大判例

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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)4271号 判決

原告

大河良雄

外一〇名

右原告ら訴訟代理人

小宮正己

本渡乾夫

若新光紀

井上順夫

右訴訟代理人小宮正己訴訟復代理人

田中章雅

被告

社団法人全日本狩猟倶楽部

右代表者会長

小宮荘次郎

右訴訟代理人

勝本正晃

立石邦男

深沢直之

小林元治

沖本捷一

主文

一  昭和五四年一月三〇日開催された被告の第三二回通常総会における、小宮荘次郎を会長に、別紙一理事名簿記載の小笠原竜雄外二〇〇名を理事に、別紙二監事名簿記載の寺田嘉幸外二名を監事にそれぞれ選任した決議は、いずれも無効であることを確認する。

二  昭和五四年二月八日開催された被告の理事会における、赤井渡、松本貞輔、吉田耕規を副会長に選任した決議及び川瀬光男を理事長にすることを承認した決議は、いずれも無効であることを確認する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一まず、被告の本案前の抗弁について判断する。

1  被告主張の当事者間に、昭和五五年六月一三日、本件訴訟に関して被告が主張する内容の本件和解契約が成立したことは、当事者間に争いがない。

そこで、原告らの主張する本件和解契約の解除について判断する。

まず、〈証拠〉を総合すると、本件和解契約に基づき昭和五五年八月七日に開催される臨時総会は、本件訴訟等を解決するため、被告の全会員の公正な意見を問うことを目的としたものであり、そのため、本件和解契約の当事者ないしその関係者を互いに中傷しない旨を約するなどの手続上公正公平を期する方法が本件和解契約の内容として定められていること、本件和解契約成立後、「臨時総会小宮現執行部不信任を問われ苦境に」との見出しを付けた同年七月一日付の「日本ニューハンター新聞」と題する文書が氏名不詳の者によつて被告の会員宛配布されるという事態が生じたこと、そこで、当事者間でその善後策を講じている最中、被告が原告らを中傷する内容の「怪文書を告訴」と題する文書を被告の全会員に配布したことが認められ、右認定に反する証拠はない。なお、被告は、右「日本ニューハンター新聞」と題する文書を配布したのは原告らである旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はないので、右事実を前提とする原告らが本件和解契約を解除することは許されない旨の被告の主張は、理由がない。

そこで、右認定事実によれば、本件和解契約に基づき開催される臨時総会は被告の全会員の公正な意思を問うためのものであるから、一方当事者の本件和解契約の合意に反する行動によつてこれが不可能と認められる状況になつた場合には、本件和解契約の他方当事者は、本件和解契約を解除できるものと解するのが相当であるところ、前記認定のとおり、昭和五五年七月になつて氏名不詳の者により「日本ニューハンター新聞」と題する文書が被告の会員宛に配布された後に、被告により原告らを中傷する「怪文書を告訴」と題する文書が被告の全会員に配布されているので、本件和解契約に基づき開催される臨時総会において被告の全会員の公正な意思を問うことは、被告の右行為によつて不可能な状況になつたものと認めるのが相当である。したがつて、原告は、本件和解契約を解除できることになり、原告訴訟代理人小宮正己が被告訴訟代理人立石邦男に対して昭和五五年七月二九日に口頭でもつて本件和解契約を解除する旨の意思表示をしていることは当事者間に争いがないので、本件和解契約は、右同日、失効したものといわなければならない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本件和解契約の有効を前提とした本案前の抗弁一項の主張は、理由がないことになる。

2  〈証拠〉によれば、昭和五六年一月二七日、被告は、第三四回通常総会を開催し、別紙一理事名簿記載の理事及び別紙二監事名簿記載の監事の任期がそれぞれ満了したので、別紙三理事名簿記載の理事及び別紙四監事名簿記載の監事をそれぞれ選任したこと、その後、同月六日、右理事による理事会を開催し、被告の会長として小宮の、副会長として石橋徳次郎外七名の、常務理事として九八名の選任を決議し、川瀬を理事長とすることを承認する旨決議したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、被告は、本件総会における本件会長選任決議及び本件理事、監事選任決議並びに本件理事会決議の無効確認を求める法律上の利益は、既に存在しない旨主張する。なるほど、株式会社については、役員選任の株主総会決議取消の訴え係属中に、その決議に基づいて選任された取締役ら役員がすべて任期満了により退任し、その後の株主総会の決議によつて取締役ら役員が新たに選任されたときは、特別の事情のないかぎり、右決議取消の訴えは、訴の利益を欠くに至るものと解すべきである、とする判例(最高裁第一小法廷判決昭和四五年四月二日民集二四巻四号二二三頁以下参照)があり、被告の主張もこの見解を前提とするものである。しかし、本件訴訟記録により、被告訴訟代理人において、理由のない裁判官忌避を申し立てて訴訟手続の引延しを図つたことが認められる本件において、右見解に従うとすれば、明らかに不当な被告の訴訟活動を是認するような結果となることは明白である。しかも、右判例の事案においては、新たな株主総会の決議は適法なものであることが前提にされているものと解されるのに対し、本件では、昭和五六年一月二七日の被告の第三四回通常総会の決議自体、本件訴訟の帰すういかんによつては不適法なものともなりうるものであるから、本件においては、右見解を採るべきではなく、右認定事実によつても、未だ本件総会における本件会長選任決議及び本件理事、監事選任決議並びに本件理事会決議の無効確認を求める訴の利益は喪失していないものと解するのが相当である。

そうすると、被告の本案前の抗弁二項の主張も、理由がないといわなければならない。

3  〈証拠〉によれば、昭和五五年八月七日の被告の臨時総会において、第一号議案の「全猟(被告)の現執行部を信任する件」が七〇五六名によつて可決されていること、昭和五六年一月ころから、原告らは、被告とは別組織でそれとほぼ同一の目的を有する「日本狩猟協会」の設立準備を行い、昭和五六年五月二三日その創立総会を開催し、現在では、被告とは関係なく独自の活動をしていることが認められ、この認定に反する証拠はない。そこで、被告は、この事実に前記認定の被告の昭和五六年一月二七日開催の第三四回通常総会及び同年二月六日開催の理事会における各決議が成立した事実を併せもつて、原告らの本訴提起は権利の濫用であり、許されない旨主張する。なるほど、本訴追行の結果、被告に混乱が生じることになるが、本訴は、被告の役員選任について過去の違法状態を是正するのみならず、将来の被告の役員をめぐる紛争の前提問題を確定する意義をも有するので、それはやむを得ないものといわなければならず、また、現在において、原告らが被告とは別組織の会で活動していても、なお、被告の会員として活動する可能性がまつたくないともいえないのであるから、右各事実を総合しても、原告らの本訴提起は何ら権利の濫用には該らないものと解するのが相当である。

したがつて、本案前の抗弁三項の権利濫用の主張も、これまた理由がない。

二次に、本件総会における本件会長選任決議及び本件理事、監事選任決議並びに本件理事会決議の効力について判断する。

1  被告が原告主張のとおりの社団法人であること、原告らが被告の入会者であつたこと、昭和五四年一月三〇日開催された本件総会が、初め、赤尾が議長となつて議事が進行し、第一号議案、第二号議案のいずれをも可決、承認したこと、そこで、第三号議案の審議に入つた際、赤尾より、理事及び監事の詮衡委員を赤尾の方で二月八日開催予定の理事会までに人選をした上、理事会を開きたい旨の提案がされたところ、会員の中から反対の意見が出されたこと、その後、仮議長選出の動議が提出され、賛成多数ということで小笠原が仮議長に選出されたこと、小笠原が仮議長となつて本件総会の議事は進行し、会長を選任するための詮衡委員五名が小笠原によつて指名され、右指名された五名の詮衡委員は、協議の結果、会長に会員の小宮が決定した旨を議場に報告して本件会長選任決議が成立し、直ちに小宮が会長就任の挨拶を行つたこと、理事及び監事の改選については、小宮を議長にした上で、先に選ばれた五名の詮衡委員(ただし、原告松本吉生は辞退)に小宮及び川瀬が加わつて、理事及び監事を選任するための詮衡委員九名を選び、右詮衡委員は、協議の結果、別紙一理事名簿記載の小笠原外二〇〇名を理事として、別紙二監事名簿記載の寺田嘉幸外二名を監事としてそれぞれ選任して本件理事、監事選任決議が成立し、その氏名が本件総会に報告されて第三号議案の審議が終了したこと、その後、小宮が被告の理事長に川瀬を選任し、同年二月八日開催の本件理事会において本件理事会決議がされたことは、当事者間に争いがない。

2  そこで、まず、本件総会における本件会長選任決議の効力について判断する。

(一) 被告の定款一一条に、会長は、理事の互選により選任される旨の規定があることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、被告の定款上、一一条以外に被告の会長選任について定めた規定はないことが認められる。そうすると、被告の会長を選任する権限が被告の理事のみに認められているのに対し、被告の総会には認められていないことは明らかである。しかも、前記当事者間に争いがない本件総会における本件会長選任決議成立の際の事実から明らかなとおり、本件会長選任決議までに本件総会においては被告の会長を互選する理事は決定していなかつたのであるから、本件総会における本件会長選任決議は、被告の定款上その選任権限のない者が行つた無効なものといわなければならない。

ところで、被告は、本件会長選任決議の効力について、本件総会当時、被告の理事及び監事は昭和五三年末でもつてすべて退任して一人も存在していない状況にあつたので、前記当事者間に争いがない被告の定款一一条の規定内容にできるだけ従つた会長選任方法として、会長を選ぶだけの権限を理事の資格を持つた詮衡委員に与える必要があり、会長選任のための詮衡委員を認めた本件総会の意思は右資格を付与するものだといえるので、本件会長選任決議は、右資格を有する詮衡委員の詮衡に基づくものであり、実質的に民法六三条の定めに違反しておらず、有効である旨主張する。しかし、〈証拠〉によれば、被告の定款は、その一一条二項の「理事、監事、評議員は総会に於て会員中より選任する」との規定に続いて、同条三項で「理事の互選を以つて会長一名‥を定める」と規定していることが認められるのであるから、被告の役員の任期満了による役員選任の方法について、まず総会において次期の理事を選任し、その選任された理事の互選によつて会長を定める方法のみを認めているものといわなければならない。現に、〈証拠〉によれば、昭和五六年一月二七日開催の被告の第三四回通常総会は、本件総会における本件理事、監事選任決議により選任された理事及び監事の任期満了に伴う改選において理事及び監事のみを選任したにすぎず、その議長をしていた小宮は、会長の選任については理事会において行う旨を述べて会長を選任しない議事運営方法を執つていることが認められ、本件総会における本件会長選任決議が被告の定款の規定に反するまつたく異例のものであることを被告の代表者自らが認めていることが窺われる。いずれにしても、本件会長選任決議についての被告の右主張は、まつたく独自の見解であり、到底採用することができない。

(二) 被告の定款一八条が「総会の議長は会長がこれに当る」旨規定していることは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、被告の定款には仮議長についての定めはないが、その一二条は「副会長は会長を補佐し会長事故ある時は之に代り、」と定めていることが認められる。そうすると、被告の定款上、会長が総会の議長として議事運営を行うことが法律上ないし事実上不可能な場合には、副会長が議長となることが予定されている反面、仮議長は認めていないものと解するのが相当である。

仮に、被告の定款が仮議長を認めていると解されるとしても、それは、会長が総会の議長として議事運営を行うことが法律上ないし事実上不可能な場合でなければならないものと解されるところ、〈証拠〉によれば、仮議長選出の動議提案の理由については、右動議より以前に出された当時議長をしていた赤尾を被告の名誉会長に選任する旨の動議や赤尾から提案のあった理事の詮衡委員の選任を議長たる赤尾に一任することについて赤尾に利害関係があることをその主なる理由として主張していることが認められる。しかし、〈証拠〉によれば、名誉会長は、被告の定款一一条の規定により会長が理事会の承認を得て選任するものであつて、総会に名誉会長選任権限を認めた規定がないことが認められるので、被告の定款上総会の動議として認められない右名誉会長に関する動議について、総会の議長に特別利害関係がないのはいうまでもない。しかも、名誉会長という地位の性格上、右名誉会長選任動議について赤尾の代りに仮議長を選出しなければならない程の特別利害関係が赤尾にあるとは到底いえないのである。その上、理事及び監事の詮衡委員の選任を赤尾に一任する旨の提案についても、赤尾が議長としてその議事運営における特別利害関係はまつたく認められないのである。他に赤尾が法律上ないし事実上総会の議長として議事運営を行うことを許さない事由を認めるに足りる証拠がまつたくない本件では、仮議長選出の動議は、その必要性をも欠き、いずれにしても許されるものではない、といわなければならない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく本件総会において小笠原を仮議長に選出して行われた議事運営は、被告の定款上許されないものとして無効なものといわなければならない。

(三) また、本件会長選任決議に関する被告のその余の主張も、独自な見解であつて到底採用することができない。

(四) 以上のとおり、本件総会における本件会長選任決議は、被告の定款上、本件総会には会長選任権限が認められていないばかりでなく、無効な仮議長選出動議により選出された小笠原が仮議長として議事運営を行つたことによるものであるから、いずれにしても無効といわなければならない。

3  次に、本件総会における本件理事、監事選任決議の効力について判断する。

〈証拠〉によれば、小宮は、本件会長選任決議の後、会長に選任されたことを前提に小笠原と交代して本件総会の議長として議事運営を行うとともに、理事及び監事を選任するための詮衡委員を川瀬らと協議して選んだことが認められ、この認定に反する証拠はない。そうすると、前記のとおり無効な本件会長選任決議によつて会長に選任された小宮は、その地位が否定されることになるので、右認定の小宮が会長の地位にあることを前提とした詮衡委員の選出手続も無効となり、結局、かかる詮衡委員による本件総会における本件理事、監事選任決議も無効といわなければならない。

4  以上のとおり、本件総会における本件理事、監事選任決議が無効である以上、右決議によつて選任された別紙一理事名簿記載の理事によつて構成された本件理事会は、適法に構成されたものとはいえず、したがつて、本件理事会決議もこれまた無効といわなければならない。

三よつて、原告らの本件総会における本件会長選任決議及び本件理事、監事選任決議並びに本件理事会決議の無効確認を求める本訴請求は、いずれも理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(井上弘幸)

別紙一 理事名簿〈省略〉

別紙二 監事名簿〈省略〉

別紙三 理事名簿〈省略〉

別紙四 監事名簿〈省略〉

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